"まだ"なんちゃって坊主

まったりと仏教に関すること、また体験談などを書いていこうかなって思って始めたやつです ※僧侶のイメージ崩壊するかもしれません!もっと親しんでもらいたい!『僧侶=近寄りづらい』をなくしたいと思ってます

戒名1文字だけ!?僧侶の在り方を今一度考えさせられます

最近SNSで「戒名1文字5万円!」についての記事を拝見しましたのでそれについて書こうかなと思います。

勝手に記事にしてもよろしいのかと思いましたが、同じ僧侶への注意喚起も含めて記事にさせていただきたいと思います。

 

まずはじめにお伝えすることは宗派、お寺によって考え方の違いはあります。また私自身まだ僧侶としての経験が浅いため、おかしな部分があるかもしれません。あらかじめご了承をお願いいたします。

 

今回の記事ですがデマかホントか、誇張して書いているかは無視します。

詳しい内容が分からない為、実際とは違う可能性もあります。

 

以下内容を簡単にまとめたもの↓

「葬儀をお願いした際、お布施がわからず僧侶に聞いたところ教えてくれず、5万円を包んだところ戒名が1文字だった!(位号もついていなかったそうです)」

ということらしいです。

「そんなふざけたことがあってたまるか!」

「その僧侶は何様だ!」

千と千尋の神隠しやん!」

「逆に考えるの難しいわ!」

って話ですよ!

その後のことはわかりませんが、僧侶に対して悪い印象がついたのは確かです。

投稿主様に対してこの寺院とは関係を絶たれたほうがいいかもしれないというのも同じ僧侶として考えさせられます。

 

今回は僧侶と在家の方に対しての記事になります。

お布施について

まず和尚がお布施について質問されてるのにお答えしないのが問題ですね。

お寺の考えでは金額を提示してしまえばそれはお布施ではなくなってくるので「お気持ちで」といったり「ご無理のない程度で」と言いたい気持ちはあると思いますが、現代ではそれをいったところでわからない人からしたら本当にわからないですし、家族が亡くなって冷静な判断もできなかったり、落ち着かなかったりと、とても状態としてはよろしくありません。

ですので、相手の不安を少しでも和らげるためにここはハッキリと提示してあげるのが現代社会でいいのかなと思います。

また、人生に数回しかない葬儀に関してやり方などがわかるわけがありません、そこをしっかりと教えるのも僧侶としての役割なのではないでしょうか。

 

戒名1文字だけ問題!!

父親の戒名が1文字!!!

これにはびっくりしましたね!

曹洞宗では以下のような構成で作られます。

院号】(お寺に貢献した際の功績としてつけられる)

道号】(あざな(字)みたいなもの)

【戒名】(仏弟子としての名前)

位号】(居士、大姉、信士、信女等)

戒名は本来2文字ですが、一般的にはこの構成をまとめて戒名と呼ばれております。

 

上記を踏まえたうえで、お気づきだとは思いますがまず1文字というのはありえないことですね。

投稿主様は金額がわからず5万円を包まれたそうですが、それに対しての戒名が1文字であった。

1文字5万円事件!!

その住職は何を思って1文字にしたのかわかりませんが同じ僧侶としてとても恥ずかしいばかりであり、投稿主様には大変申し訳無い気持ちになります。

 

戒名とは?

戒名というのは仏弟子としての名前になります。

 

戒名をいただくには授戒といい「戒法」というお釈迦様から代々続く正しく生きていく教えであったり、仏道を歩むうえで大切な教えを授かる、授ける儀式を行います。

「戒」とは〝戒め〟と書きます。

やってはいけないルールとか強制的にこれはダメという決まりではなくて、仏道修行を自ら進んで行おうとする仏様との約束になります。

曹洞宗では大きく16通りに戒を立てております、修証義の3章にかかれています。

戒を受けたことでお釈迦様のお弟子となり仏教徒としての証として「お血脈」をさずかります。

 

本来は生前に授かるものですが、布教が足りないがゆえに、現代では葬儀の際に授けるのが一般的になっております。

没後作僧(もつごさそう)

「亡くなった方をお坊さんにすることです。」

曹洞宗では亡くなったあとはお釈迦様の弟子として仏様として過ごされます。

そのためにお葬式では、剃髪(髪を剃る)授戒、懺悔などをして身心の大清浄によって四十九日を過ぎたあとは仏様となります。

 

戒名は自分でつけてもいいのか?

ネットを見ると「戒名は自分で考えてつけてもいい」という記事をよく見ますが、私の考えではそれは間違いになります。

上で書いた通り、戒名とは仏弟子としての名前になります。「戒法」をお釈迦様から代々受け継いできた住職によって授けられ戒名が与えられますので、自分で考えてつけるのはちょっと違うかなと思います。

人によっては「この文字を入れたい!」って方もいると思います、死後のことまで考えてることは悪いことではありませんが、自分でつけてしまうとそれは戒名ではなくニックネーム、あだ名みたいなものになってしまいます。

 

戒名の役割

人が亡くなると枕経へ向かい、その際に「生前どういった方だったのか」「職業は?」「趣味は?」と様々なことを親族の方にお尋ねします。

それをふまえ住職は戒名を考えます。

「牛」「馬」「畜」「革」などは差別戒名になるためつけてはいけません。

あとはただ酒好きだったから「酒」をいれる、サッカー得意だから「蹴」など単純な思いでつけることもございません

その先もっと深い意味を持って戒名は授けられます。

 

私はまだ副住職の身のため戒名を授けたことはないですが、法事やお墓参りに行く際に様々な戒名を見てきました。そのほとんどは私が知らない人ばかりです。なんなら家族でも顔を知ってる人は少ないのではないか?という先祖代々の戒名もあります。

それでも戒名を読めば「この人はたぶんこういう人だったんだな」とか生前のお名前を1文字取っていれば「もしかしたらこういう名前だったのかな?」と戒名からは様々な人柄を想像することができます。

道元禅師も戒名でないですが、「国師号」を当時の天皇より授かっております。

仏性伝当国師

仏道を中国より日本へ伝え、国の師として貢献した」

という捉え方ができます。

 

戒名とは住職1人で考えるものではなく、残された親族たちのご協力のもと考えられます。

周りの人が「この人はこういう人だった」「この人のここが好きだった」「こういうことを学んだ」といろいろな事が込められているのが戒名になります。

 

それに反して自分はこういう人だったから、自分はこの文字がいい、自分は、自分は、、と言うのは少し違うのかなと思います。

 

ダメと決めつけるのはできませんが、死後のことを考えるのではなく、今生きてることに、そして周りとの関係に一生懸命に過ごして、「この文字がほしい」というのなら生きている間にそれにふさわしい生き方をするのも1つの手だと思います。

 

戒名の在り方

戒名って絶対につけなきゃいけないの?と疑問に思われる方多いと思います。

なんなら今回みたいに1文字だけとかいわれたらそりゃつけたく無くなりますよね、、、

別に法律的に付けなきゃいけないなどはございませんので、つけたくない方、自分で考えたいなどは止めはしません。

ただそれでは「自分は死んだら戒名いらない」「自分はこの戒名つけよ」など結局は自分よがりになってしまいます。

戒名メーカーとやらも最近では出回ってるそうですね。

また僧侶を呼ばずに家族だけで行う。戒名は自分で考えた、メーカー使った。などという方もいと思いますが、ここまで読んでくれているのなら気づいてほしいですがそれは「戒名」とは言いません。

それはニックネーム、あだ名、好きな漢字を並べただけのものになります。

葬儀はお見送る人がどう思うかです。「自分はこうしたい!」と思っても残された方がそれをどう思うかを少しだけでも考えてみてください。

 

僧侶、お寺との付き合い

最近では本当に考え方が変わってきております。

お寺の付き合いも今の40代以降の方がいなくなってしまえば、なくなるのではないかな?とも思ったりもします。

お布施の恩金に関しても高い為払いたくない

戒名が無くてもいい

自分の子供、親などの葬儀はお坊さんを呼ばなくてもいい

お寺の付き合いはめんどくさい

などなど様々あると思います。

一部の僧侶の行いで宗派関係なく、世間での僧侶の見え方が悪くなり、お寺離れが起きております。

そのせいでネットの情報を鵜呑みにして間違った知識だけが世の中に広まり、余計に印象が悪くなってしまっております。

 

私も仏道を歩んでる身として、真面目かと言われると正直「はい」とは言えません。

お魚食べます。お肉食べます。お酒飲みます。恋をします。遊びます。いろいろと煩悩の塊と言われると何も言い返せません。

ですが、私はブログなどを通して皆様に仏教を発信できたら、もっと親しみを持って接してくれたらいいなと思っております。

 

菩提寺へいった際に

お寺の境内、庭の手入れが汚い、お墓が汚い!

お参りが雑な気がする!

など思ったらすぐに言うべきです。お檀家さんなら言う権利がございます!

ただ、粗探しをしようという気持ちでお寺参りしてはいけません。

御本尊を拝む、ご先祖様にお参りをするときにその考えは不要です。

三毒

「怒りによる負の感情、貪りによる煩悩、無知ゆえの妄想」

は仏教において障害になります。

そういったもの一切合切なければ僧侶とコミュニケーションをとり、よりよい人生が迎えれるかもしれません。

あと、お金の話にはなってしまいますが、お布施は基本的にお寺の護持、家庭の生活に使わさせていただいております。

一部の僧侶が高級車や時計ネックレスなどをチラつかせているのも事実です。

お布施の使われ方に疑問を抱くのも無理はありません。

これでは悪徳商法みたいなものですね、、、

周りの人に見られてるという自覚を今一度もって行動しなくてはいけません。

【威儀即仏法 作法是宗旨】を忘れずに!

 

僧侶の在り方

改めて世間の評価を上げるということは大変難しいことであります。

お寺のやり方を変えなくてはいけないかもしれません。

布教が足りていない。

もっとお寺に親しみを持ってもらいたい。

皆が不安なときには支えになってあげたい。

そういった思いを持つ僧侶が現在何人いるのか!

今一度お寺の在り方というのを考えなくてはいけません。

またお寺を維持、修繕する際たくさんの費用が必要となってきます。お寺の中には何百年と建っており老朽化が進んでいるのも少なくはありません。

そのお布施を出してくれているのはお檀家さん、近所の皆様方、お参りに来てくれる皆さま方のおかげです。

皆様ありきのお寺なのです。

決して僧侶だけの持ち物ではないということを自覚しなくてはいけません。

最近は葬儀以外での収入が少ないお寺も多いと思います。

私のところも同じような状況なので葬儀がなければ月に収入が0のときもあります。

それでもお寺の維持、生活をしなくてはいけないのです。

 

寄り添いやすい寺院を維持できるよう精進していきましょう。

 

【威儀即仏法、作法是宗旨】礼儀正しい行動の重要性と効果

威儀即仏法、作法是宗旨

「威儀即仏法、作法是宗旨」(いいぎそくぶっぽう さほうこれしゅうし)

は、道元禅師の言葉です

「日常生活の身なりや立ち居振る舞いは全て仏の道であり、これが曹洞宗の教えである」という意味です。

道元禅師は日々の生活(掃除、食事、読経など)を細かく定めその大切さを説かれました。

私も永平寺にて修行していた際は一つ一つの作法が細かすぎて最初ころは大変苦労した覚えがあります。ですが、今思えばほとんどが当たり前のことで、今までの自分がいかにだらしなかったのかを実感させられました。

 

この言葉は、礼儀正しい行動や作法が仏法の実践であり、その目的であるという教えを示しています。何気ない一挙手一投足にも、仏法の教えが宿るという考え方は、私たちの日常生活における行動の重要性を教えてくれます。

礼儀正しい振る舞いは、他者への尊重や思いやりを表し、社会全体に良い影響を与えることが期待されます。

この言葉は、修行道場だけでなく、皆様の日常生活にも当てはまります。

 

威儀とは?

日常における威儀とは、以下のような行為です。

 

身なりを清潔にする

挨拶をする

ありがとうを言う

静かに歩く

列を守る

時間を守る

掃除をする

 

これらの当たり前のことを意識して生活することで、心が落ち着き、周りの人に優しくなれるということです。

 

上記のような威儀を意識することで、以下の効果が期待できます。

 

心が落ち着き、集中力が向上する

周囲の人との調和が生まれる

より充実した生活を送ることができる

(※個人差あります)

威儀即仏法を実践する方法

威儀即仏法を実践するには、以下の点に意識しましょう。

 一つの行動を丁寧に、心を込めて行う

 相手を尊重し、思いやりのある言動を心がける

 感謝の気持ちを持ち、日々の生活を楽しむ

 

まとめ

威儀即仏法は、在家の人にとっても、より良い人生を送るためのヒントとなる教えです。

日常の生活の中で、ぜひ威儀を意識して、心豊かに充実した生活を送ってください。

宮城旅行記:食べ物と仲間との充実した2日間

急ですが宮城に行ってきました!!

格安航空ピーチのキャンペーンで安くなっておりまして、これは行くしかないでしょ!ということで宮城へ行きました!(令和5年 11/14.15)

 

ということで仙台空港に到着してからは、地元の修行仲間と一緒に行動をしました!!

ありがたいことに車を出してくれました

大変感謝です🙏

 

まずは腹ごしらえ

【伊達の牛たん本舗】
f:id:ekyoosyo:20240216122841j:image
f:id:ekyoosyo:20240216123240j:image

ここは外せないと言われたので、真っ先に行きました!!やはり宮城と言ったら牛タンですよね!

その中でも今回注文したのは

「芯たん定食」になります!タンの中でも柔らかい部位を使っているのでプリッとした歯ごたえ、噛むと脂がじゅわっと!大変美味しかったです。

 

次に訪れたのが

【御菓子処 賣茶翁】


f:id:ekyoosyo:20240216123323j:image


f:id:ekyoosyo:20240216123427j:image

できたてのどら焼きが食べれるということでいただきました!!

柔らかいふわっとした生地に程よい甘さのあんこ

とても美味しかったです🙏

 

さて腹ごしらえも済んだことですので、観光をするため車を走らせること数分、、、

 

すっかりと辺も暗くなってきましたが松島に到着!

【松島海岸】

f:id:ekyoosyo:20240216123629j:image

そこから歩いたところには瑞巌寺がございます

瑞巌寺

f:id:ekyoosyo:20240216123704j:image


f:id:ekyoosyo:20240216123745j:image


f:id:ekyoosyo:20240216123831j:image

ライトアップがされており、提灯をお預かりして参拝できます。

途中音楽に合わせたイルミネーションもありとても綺麗でした!!

実際に自分の目で見ることを強くおすすめします!

 

【円通院】
f:id:ekyoosyo:20240216123853j:image


f:id:ekyoosyo:20240216123925j:image

行った時期が丁度紅葉が盛んなときで、庭園にはきれいな紅葉達がお出迎えしてくれました。

最後には「鏡池」といい池には逆さま紅葉がきれいに映っておりました!

こればかりは実際に見ていただかないと感動を共感できません、、、

ぜひ足を運んでみてください!

 

2日目

さてまずは腹ごしらえです

【定義とうふ店】

美味しい厚揚げをいただきました!

【定義如来西方寺】

f:id:ekyoosyo:20240216124144j:image

【宮城峡蒸溜所】

やはり宮城と言ったらウイスキーですよね!!

寄りたくなってしまいました!寄りました!!!
f:id:ekyoosyo:20240216124202j:image


f:id:ekyoosyo:20240216124225j:image

不酤酒戒、、、不酤酒戒、、、、

飲まれない程度に試飲しました🙏

美味しかったです

【らーめん堂・仙台っ子】


f:id:ekyoosyo:20240216124247j:image


f:id:ekyoosyo:20240216124303j:image

ローカルラーメン店のようです!

豚骨醤油ベースでお好みのアレンジができるため大変美味しかったです!!

ケヤキ並木】
f:id:ekyoosyo:20240216124327j:image

【むかでや】
f:id:ekyoosyo:20240216124349j:image

ジョジョの聖地巡りはかかせませんね!!

【仙台駅】
f:id:ekyoosyo:20240216124413j:image

2日目にしてずんだシェイクをいただきました!

美味しかったです!

 

 

あっという間の2日間ではありましたが、大変充実した旅行になったと思います。

それも全て同じ修行をした仲間と一緒だったからこそなのかもしれません

本当にありがとうございました🙇

 

もし訪れる際はレンタカーを借りたほうがよろしいかもしれません。

思ったより電車では不便そうな場所がたくさんありましたので、参考程度にお願いいたします!

 

 

 

指導者に告ぐ!下の人への指導方法を変えよう!親しみを持って引っ張る

下の人を指導していると、どうしても意見が食い違う、やってくれない、話を聞かない、、、等色々と悩みがあると思います。

私も修行僧を指導していた時は何度もそういう経験がございました。

皆様が下積みをしていた時代と今の時代では受取り方というのがだいぶ変わっており、その時代に応じた指導の仕方をしなくてはいけません。

さて、ではどのように接すればいいのか、どのように指導をすればいいのかをお話したいと思います。

 

これは私が経験してきた上でのお話です。その場、その人によって捉え方は違いますので「頭の片隅にでも覚えていよ」くらいの気持ちでお読みください。

 

現代ではスマートフォン、パソコンなどが発達しているため調べごと等簡単にできてしまいます。

SNSYouTubeでは「ホリエモン」「オリラジ中田」「ひろゆき」などの意見を聞いて上司に歯向かってくる方が増えてきているような気もします。

ちょっとこちらが変なことを言えばすぐに論破してくることもあるのではないでしょうか?

実際にその言葉は間違っていたかもしれません

ですが、あなたの経験、その会社のやり方にそってその言葉を発したとなれば話は別です。

それをちゃんと相手にわかるように段階を踏んで説明する必要があります。

「会社では前からこのやり方だから!」

などと言ってしまえば相手は納得できずにイライラだけが残ってしまいます。

なぜこのやり方なのか説明できればよろしいですが、もしその説明ができなければ、、、それはあなたが悪いです。理由もわからず指導しているようではどちらもなんの利益にはなりません。あなたも相手もイライラするだけです。

指導するうえで大事なのは自分が行っていることを理解することです。それを相手に説明ができなれば理解したとはいいません。

新米の人は機械、用語、仕組み何もかもが初めてで覚えることがたくさんあります。どうしても理解するのに時間がかかってしまうものです。

あなたも初めはそうだったのではないでしょうか?いつしかできるようになり「なんでこんな事もできないのだ?」と言うようになってしまうのです。

それはただ経験を積んだだけであり、はじめから身につくものではないということを思い出してください。

 

また下の者の意見を聞くのも忘れてはいけません、なぜそのような意見を言ってくるのか、というところに着目してあげると、もしかしたらそのやり方のほうがいいのかもしれなかったりします。すると会社のためにもなりますし、その人の自信もつくようになります。

 

あとは会社のために!!早く覚えてほしい!!という気持ちが前に出すぎてどうしてもきつく当たってしまうときもあると思います。

その人にやる気がないという条件以外では、やっぱり覚える速度ってのは人それぞれなので「仕方ないよな」くらいの気持ちで接してみてはいかがでしょうか?

どうしても覚えの悪い子にはいかにサポートしてあげるか、自分の仕事も忙しいとは思いますがどれだけ下を見れるのかというのも上司にとって大事なことだと思います。

 

さてここからは部下との接し方です。

優秀な人はほっといてもうまくやってくれますが、やはり中には覚えの悪い子、やる気のない子はいると思います。

 

まず心のスタンスです。

働き蟻の法則

MicrosoftでもAppleでも)2割の優秀な人が業績の8割を残して、普通評価の6割がそれなりに働いて残りのやる気も能力も業績も上げられない2割の構図になる

 

①放っておく(放っておいても問題ない場合)

 

②そもそも本当に聴く耳を持たないのか、やる気はその子の中ではあるのにそう見えるだけなのか、もしやる気を持たないならばその原因はなんなのか探す。

上司が改善しやる気のスイッチを探る。

いわゆる一人一人対応を変えその子にあった指導方法を模索する。

 

(典型的やる気ない子には何でもかんでも指摘、命令しない。指摘するにしても先に褒める褒めてからただここはこうだったから次からこうできると良いね的な言い回しにも一つ一つき気を使って反応を見る。もう一つは些細なことでも褒めて成功体験させる。やりがい楽しみを与えやる気スイッチ入れる(上司がそいつのやる気スイッチを押す、探す、気付かせる)

 

③ ①②が無理なら

辞めてもらう

(雑談の流れとかで何で今の仕事始めたの??聴く→わからない、理由ない、流れではじめた→興味あること聴く→他の世界も色々あるからそっちの仕事やってみれば的な話に持って行き後押ししてる風で辞めさせる)

 

正直こんな事書いてますがとても難しいです。私ができているか?と言われるとできていないかもしれません

明石家さんまさんの言葉で

「人に腹立たたすやつってアホやと思う。

やっぱり人を怒らせるやつってアホ!」

腹は立たないの?

「立たない、立たない、腹を立てられる器でもない、そんなに偉くない、腹立って怒りたい人は、偉いと思ってるんやろ自分のこと」

と言っておりました

とても謙虚な姿勢です。上司になってもその心構え大事ですね。

 

仏教でも

【大衆一如】

という言葉があります

みんながみんな同じことをするという意味です

そこには上も下も関係ありません。

みんなが同じ目的を持ち同じように行動する、修行をする

どうか下のものを引っ張っていけるよう、同じ立場とは言いませんがもっと親しみを持って接してあげるのも1つの手かなと思います。

 

 

 

新社会人に告ぐ!!経験を積むための上司との円滑なコミュニケーションのコツ

仕事をしているとどうしても好きになれない上司、先輩にあたる方いたりすると思います。

そういうのがなく仲良くできればいいのですが、やはり人と人ですので意見の食い違いや説教、指導の仕方によって反発が起きてしまいます。

 

さて、ではどのように接すればいいのか、どのように回避していけばいいのかをお話したいと思います。

これは私が経験してきた上でのお話です。その場、その人によって捉え方は違いますので「頭の片隅にでも覚えていよ」くらいの気持ちでお読みください。

 

社会人となり新しい職場に入るのはとても不安ですよね、それは当たり前のことです。

なぜなら

「経験したことがないから!」←とても重要なので覚えておいてください

なんですね。

 

何事も経験不足な時は不安になります、先輩たちも同じ道を辿ってきているのは確かなことです。

人間は完璧ではないので仕事をしていればいつかミスは起きてしまいます。そこで先輩に怒られると思います、この時に自分はどう受け止めるかが大事です。

基本的に怒る人は自分の経験してきたことからでしか怒れません。

なぜなら自分が間違いを経験しているから、または何度もその仕事に携わってきているからミスがわかるのです。対処法もわかる人ならわかります。

 

ミスが増え叱られるのが多くなると

「叱られて嫌だな」「またこの人グチグチ言ってくるんだろうな」「うるせーなー」「うぜー」「きもちわるい」

様々な感情、思いになると思います。

でもそういう経験を乗り越えていくことが社会人にとって大事な経験となります。

学生と違い様々な責任を負わなくてはいけなので先輩たちも自分の仕事をしつつ下の人を指導しなくてはいけないので必死です。

中には教えるのが下手くそな方、理不尽な方もいると思います。

それでも最初は何でも吸収しなくてはいけません、するとどうでしょう!

仕事に慣れてきた頃には何が大事で何が悪いのかわかってきます。

教えるのが下手くそな方でも言いたいことがわかるようになる。

理不尽な方の意見は必要な部分だけ取り込み、無駄な部分を切り取ることができるようになります。

 

ここまで読んで意識しなくてはいけないとこを最後にお伝えします。

それは

コミュニケーションをとる!

お互いに利益になるのはコミュニケーションをいかに取るかです。

人によってはコミュニケーションを取るのが苦手という方もいると思います。それは経験して慣れるしかないです。

今までは会話がなくても成り立っていたことが、会社では自分一人だけのことではなくなるのでいかに会話をするかが大事になります。

 

話すのが怖い→これから何十年先の自分のため勇気をもってください!1人では限界がきます。
この人嫌いだからそもそも話したくない→大人になってください。いつまでも学生、子供ではないです。いい加減社会人として自覚を持ちましょう。

もし疑問があった場合すぐに上司に確認を取ることが大事です!!

「後にしてくれ」と言われようが「そんなこともわからんのか?」と言われようがイライラしながらでも必ずその疑問は解決しなくてはならないのです。

もしかしたらその疑問が解決することで会社への貢献に繋がるかもしれない、自分にも自身がつくかもしれないと、または何も起こらないかもしれない

何が起こるかはわかりませんがやらないよりはやってみたほうが面白いのではないのでしょうか?

 

あとはコミュニケーションを取らずにSNS.YouTubeなどの情報だけで相手を理解しようとする、わからせようとすると間違った解釈を勝手にしてしまいます、経験をしていないのに「私の言葉考えがあってますよね?」という間違った状態で話さないといけなくなります。

なにがあろうとその仕事場での経験値、社会経験というものは先輩が絶対に上です。

まずは人の話を聞いて実践し経験してはいかがでしょうか?

 

人間関係を築き上げるのは大変です。

上司もなんとかしようとする気持ちはあってどうしても強くあたってしまったり、後輩と仲良くしようと必要以上にはなしかけてしまいがちです。

できればそれに付き合ってあげてください

なんだかんだでその先輩の話しが役に立つときがあります。その先輩が話していることは更にその先輩が教えたことばだったりします。

ということは代第受け継がれてきた大事な言葉だったりするのですね!

それをまたあなたが上司になった時に受け継ぐ必要があります。

最初は大変だと思いますがどうか!どうか経験を積むまではコミュニケーションをとりたくさんのことを吸収してみてください。

 

 

 

 

思いやりの力で被災者を支える

新年明けましておめでとうございます。

当ブログを読んでくださる皆様今年もよろしくお願いします。

 

さて、新年早々ですが能登半島地震にて死者73名(令和6年1月4日現在)、行方不明多数、地震での建物崩壊、液状化現象等、多くの不安や困難な生活が被災者を苦しめる状況です。

避難所にも想定以上の定員が入り、毛布なども足りていないと聞きました。

心よりお悔やみ申し上げるとともに、また皆様の笑顔が戻り、県の復興をお祈り申し上げます。

また2日には海上保安庁の航空機と日航機が衝突炎上し、海保機の男性5人が死亡した事故も起きています。

詳しいことはここでは書きませんが、どちらにせよ助けたい気持ちが前に出すぎていて冷静な判断ができずに機長と副操縦士の認識に相違が生まれたのだと思います。

donation.yahoo.co.jp

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候

死ぬ時節には死ぬがよく候

これはこれ災難をのがるる妙法にて候

この言葉は江戸時代の曹洞宗僧侶

良寛の言葉です。

江戸時代(1828年)新潟地方に1500人もの犠牲者を出す大地震が起こりました。

幸い良寛は無事でしたが、親友である酒造屋の山田杜皐の子供が亡くなりました。

その際に良寛が杜皐へ送った見舞いの手紙の一文です。

 

訳すとこういう意味になります↓

「災難に逢う時には災難に逢う、死ぬ時には死ぬ、これが災難から逃れる方法である」

子供が亡くなっているのに、労いの言葉ではなくこういう言葉を贈るのは少し冷酷非道ではないか?と思われるかと思いますが、そんなつもりで書いてるわけではないと思います。

人は慌てると冷静な判断ができなくなります。

物事に逆らわず何事も腹を決めて受け入れることで、心が休まり前を向くことができるのだと思います。

そして、心を決め!一生懸命に生きて!冥福を祈る!手を合わせる!

こう言いたいのではないかと思います。

 

生きていること、無事であることというのはとてもありがたいことです。

このありがたみは、何か起こったときにしか実感ができない忘れてしまうもの、滅多に起きないものです。

何かできることがすこしでもあれば手を差しのべてあげてください。

 

ekyoosyomondou.hatenablog.jp

 

ヤフーの能登半島支援募金のリンクを貼りました。

少しでも被災地の力になれたらと思います。

donation.yahoo.co.jp

【百不当】困難から逃げずに立ち向かえ!!

いまの一当は むかしの百不当のちからなり 百不当の一老なり

今回は「百不当(ひゃくふとう)」という言葉についてお話ししたいと思います。

これは道元禅師様のお言葉です。

「弓で的を当てようとするが一向に当たらない、しかし何度も何度も練習してやっと当てることができた。」

その一当はこれまで一生懸命に練習してきたが当たらなかった百当のちからである。

一老は歳を重ねることではなく、修練を重ねるという意味である。

数打ちゃ当たるではありません!!

努力を重ねたがゆえの結果です。

そこには無駄な努力など1つもありません。

何度も試行錯誤してもうまくいかない状況を指し、多くの方が経験することかもしれません。

学生や社会人であれば、新しい挑戦や目標に向かって努力する中で、遭遇することもあるかもしれませんね。



学生へのアドバイス

学生の皆さんにとって、「百不当」は課題や試験、将来の進路において現れるかもしれません。

しかし、挫折や困難に直面した時こそ、自分の強みや興味を見つめ直すチャンスです。

達成感を味わえる小さな目標を設定し、一歩一歩前進していきましょう。

 

社会人へのアドバイス

社会人にとっても、「百不当」は新しいプロジェクトやキャリアの変革において現れることがあります。挑戦を諦めず、失敗から学ぶ姿勢が重要です。

同僚や上司とのコミュニケーションを大切にし、チームワークによって困難を乗り越えましょう。

まとめ

「百不当」は誰にでも訪れる試練ですが、それを乗り越えることで成長や新たな発見があります。

ポジティブな考え方と努力を惜しまない姿勢を持ちつつ、困難に向き合っていくことが大切です。

挑戦を恐れず、自分自身と向き合いながら、未知の可能性に挑戦していきましょう!

努力で未来を勝ち取りましょう!!!