"まだ"なんちゃって坊主

まったりと仏教に関すること、また体験談などを書いていこうかなって思って始めたやつです ※僧侶のイメージ崩壊するかもしれません!もっと親しんでもらいたい!『僧侶=近寄りづらい』をなくしたいと思ってます

【主人公】自分の流儀を崩さない

最近読んでいる本でとても共感できる内容があったのでぜひ皆様にも共有したいと思い、記事を書かせていただきます。

 

枡野俊明 『放っておく力』

この方の本はとても読みやすく、僧侶の私にとってもとても勉強になる話がたくさんあり、生活していくうえでの在り方などを学ばさせて頂いております。

また、1つ1つの話も短いためちょっと読みたいな、トイレの時間にちょっとだけ、友達を待つときにちょっとだけという読み方もできとても重宝しております。

まだまだ全ては読み切れていないですが在家、出家者等様々な方におすすめできる1冊となります。

 

さて、今回お話するのはこの本の中に書いてある1つ

◎人の話を「聞きすぎる」のは考えもの 

についてお話します。

以下本の内容を引用します。

周囲の意見や考え方に耳を傾けることは大事です。自分には思いつかないような発想を得られたり、仕事を進めるうえで参考になるやり方を学べたり、判断の選択肢が増えたりなど、さまざまなメリットがあります。

しかし「聞きすぎる」のは考えものです。

「Aさんにこう言われた。なるほど。」「Bさんはこういう。たしかにそうかも。」「Cさんはこうすすめる。それもあり、だな。」といった具合に、頭が混乱し、動揺し、迷って迷って、どうしていいかわからなくなるからです。

そうならないようにするためには、まず「これだけは貫きたい」という自分の考えややり方を持たなくてはなりません。

それが、私のいう「自分の流儀」ー自分の中にある決してぶれない軸ーです。

あなたの人生の主人公はあなた自身です。

人の意見を聞くにしても、「自分の流儀」を崩さない構えがないと、「誰の人生ですか?」というふうになってしまうでしょう。

 

枡野俊明(2021),仕事も人間関係もうまくいく放っておく力,株式会社三笠書房

 

これを読んだ瞬間今の自分に当てはまるなって思いましたね。

僧侶としてまだまだ経験の浅い私ですが、経験が浅いがゆえに色んな人の意見をとりあえずは聞きまくっています。やはりその世界で何年とやってきた方々の意見ですので、それらを吸収して自分のものにしなくてはと常々思っていました。

ですが、これを読んだときに「自分ってどこにあるんだろ?」ってなりましたね、本文にあるように様々な意見を聞いたがいいが、ただそれらをまとめただけでそこに自分は存在していないんです。

でも今はこれらの意見を聞くときなのかもしれない、僧侶としての主人公になる為にはまず知識をつけなきゃいけないのも事実です。

同じ主人公を目指すとしても人の意見も聞かず、間違った知識だけを貫いて「これが自分!!」「主人公だ!!」となっていては恥ずかしい限りです。

 

それら知識を身につけてから自分なりに取捨選択をし自分の意見を作る

これが仕事としての主人公の在り方なのではないかなと私なりに勝手に解釈してみました。

【主人公】

ちなみにこの言葉ですが実は仏教から来ている言葉なんですよね

中国の浙江省瑞巌寺に師彦(しげん)和尚が住んでいました。

その方は毎日自分を「主人公」と呼び、自ら「はい!」と返事をしていました。

ある時は「起きてるか?、目を覚ませ」と自ら「はい!」と返事していたそうです。

 

心のなかでもう一人の自分である主人公を作るのです。

私達は置かれた環境によって本来の自分を見失いがちです。

「〇〇の学校に行きなさい」

「あれを習いなさい」

「将来は〇〇になりなさい」

「本当は〇〇がしたいのだけど、、」

実際にそれは最善なのか、でももうひとりの自分(主人公)はこれがやりたい!というのを心のうちに秘めておくと、自分の意見も言えるようになるし、自分の好きな人生を歩めるかもしれません。

 

ですが気をつけなくてはいけないのが悪い主人公になってはいけません。

人の意見を聞かない、周りの意見を尊重しないなど

自分よがりになってはいけません。

常に自利利他の気持ちをもって生活をしてみてください。